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 いなかった軍勢


 ニニギはどのようにして降臨したのか?
 (B)グループの伝承によれば、それは多勢のお供を従えての堂々たる降臨である。例えば、『古事記』によれば、ニニギの降臨に従ったのは、天児屋命、布刀玉命、天宇津売命、斯許理度売命、玉祖命の五伴の緒(族長)の他に、思金神、手力男神、天岩戸別神も加わっており、更に先導者もいた。
 「その時に、天忍日命、天津久米命の二人は頑丈な靭を背負い、頭稚の太刀を腰に下げ、聖なる櫨弓を手に持ち、聖なる真鹿児矢をたばさんで、天孫のお前に立って御先導申し上げた。」
 仲々に豪華な顔ぶれである。天忍日命は大伴氏の祖であり天津久米命は久米直等の祖であるから極めつけの武門の家柄であるし、手力男神は天岩戸を押し広げた力持ち。プロレスラーのように強そうである。そうそうたる顔ぶれであるが、しかし、不思議なことに、これらの神々は見かけ倒しで、実は全く頼りにならなかったらしい。

 道の行手に異相の神がいる。サルタヒコである。敵か味方か分からない。分からなくともこちらは大軍勢なのだから何の心配も無いだろう、そう思って読んでゆくと話は意外な方向に展開する。周知の通りここでサルタヒコの所に出向いたのはアメノウズメである。女性の方が穏やかだという理由ではない。男性神があまりにも頼りないからである。
 『古事記』では、「おまえはかよわい女ではあるが、対抗する神には面と向かってにらみ勝つことができる神である。」との理由で彼女が選ばれる。『日本書紀』の<第一の一書>も内容は同じであるが、もっと分かりやすく説明している。即ち、「お供の神は八十万神もおられたが、みな眼力で相手をおそれさせるということができない神ばかりである。」
 これでは何の為のお供の軍勢か全く分からない。大伴も久米も名前ほどのこともない。手力男神も張子の虎みたいである。お供の男性神は皆だらしなかったようだが、一方のアメノウズメ、セクシーさだけが売りのただのフェロモン女神ではなかったということらしい。実際には和田アキ子さんのような凄い人だったのだろう。適材適所であるから、それならそれでも構わない。

 ともかくこうしてウズメはサルタヒコの前に進んだ。なにしろ八十万の神々の中で一番の眼力。おそらく物凄い迫力でサルタヒコに対したのだろうと思ったのだが、それが、予期せぬ展開というか、その時のことを<第一の一書>は次のように記している。
 「そこで天鈿女が出かけていって、その胸乳を露出させ、裳のひもを臍(ヘソ)の下におし垂れて、笑いながらその神に向かって立った。」

 「にらみ勝つことができる」もないものである。なんとハシタナイ! これは和田アキ子さんのイメージではない。高天原で神がかりしてセクシーなダンスを踊ったウズメのイメージそのものである。やはりウズメにはこの方がよく似合う。

 しかし、それにしても、ここで「強いウズメ」が登場するのであればまだ分からないでもないが、「セクシーなウズメ」が前面に出てくるこの話は、どう考えてみてもやっぱり妙である。本来のニニギ伝説が大軍勢を率いての軍事行動の物語だったのであればこんな展開にはなりそうにない。
 そうした話であれば普通は軍勢が活躍したという伝承が残る。神武東征軍にも女軍はいたが、こんなハシタナイことはもちろんしていないし、戦闘に於いて固有名詞付きで活躍が伝えられているのはみな男性。戦争であればやはりそれが普通である。しかし、ニニギ伝説の中にはそもそもそうした戦闘の話が何も無い。
 しかも、八十万神とも言うこの大軍勢が、吾田に着いた時には煙のように消えてしまう。大和のナガスネヒコと違って吾田の事勝国勝長狭はニニギに何の脅威も感じていない。ニニギの方も、彼の国を奪おうなどということは全く考えず、彼の好意に甘えて、彼の所の居候になった。どう見てもこの時のニニギの周りに大軍勢の影は無い。当然ながらこの後のストーリーにも大軍勢は全く登場しない。
 ニニギの原伝説の中にはお供の軍勢なんていなかったということであろう。大伴も久米も、神武の大和平定では先頭に立って大活躍している。もし原伝承の中に先導者としての大伴や久米が本当にいたのであれば、そもそも後列からウズメを呼んでくるまでもない。彼等なら、相手に「にらみ勝つ」必要もなく、そのまま押し通るはずである。

 (A)グループの伝承では、ニニギはお供の軍勢も何も無く、たった一人で身体一つで降臨する。大伴も久米も手力男神もいない。やはりこちらの方が本来の伝承のようである。前に見た三種の神器や瑞穂国統治の神勅と同じく、ここでも(A)グループの方が本来の伝承を率直に伝えていると見て良さそうである。
 ニニギの周りに実際には軍勢はいなかった。そのこと自体は三品氏以来の見方であって別に目新しいものでも何でもないのだが、そのニニギが向かった先が辺境の蛮地だということを考えると、この軍勢に関しては三種の神器や神勅とは違った深刻さが有る。

 というのも、記紀はニニギの降臨に先立って葦原中国が既に平定されていたと伝えているのだが、おそらくこれは後世的な伝承の改変で、本来の伝承ではそうではなかったと見られるからである。
 
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<休憩室>
サルタヒコ

<休憩室>
アメノウズメ

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