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 膂宍の空国


 ニニギの降臨の意味するもの、それは降臨伝説を東征伝説と比較しながら読むとはっきりする。
 降臨と東征、この二つの伝説、漠然と「どこか他所から支配者がやって来た。」といった類の同じような話かと思っていたのだが、比べてみるとまるで違う。
 一言で言えば、神武東征は首尾一貫して戦略性が明瞭であるが、ニニギの降臨は終始一貫して戦略性が無い。表現を変えて言うなら、神武東征に関して記紀はプルの要因しか記していないが、一方、ニニギの降臨に関しては逆にプルの要素は殆んど何も記していない。まず目的地の様子がまるで違い、そこへ行く行き方も違い、着いてからの行動も全く対照的である。
 神武東征とニニギの降臨、記紀がその目的地をそれぞれどのように描いているかそのことから見てゆきたい。

 神武が大和を目指した理由は明快である。『日本書紀』では、神武は目的地の大和について兄弟達に次のように説明している。
 「塩土老翁に聞いたところによると、『東の方に美しい国がございます。そこは青山が四周をめぐっていて、その中に天磐舟に乗って飛び降ってきたものがございます。』とのことである。余が考えるに、その地方は、きっと国家統治(あまつひつぎ)の大業をひろめるために、天下に君臨するのに好都合なところで、たぶん国の中央に位置するところであろう。その、天から飛び降ったというのは、あるいは饒速日であろうか。そこへ行って都を営もうと思うがどうだろう。」
 言うまでもなく神武東征は典型的なプルの要因による移動である。神武は大和の地が国家統治に好都合な所だと考えたので東征を決意した。目的地は「東方の美しい国」で、聞くからに魅力的であり、希望に満ち勇気がみなぎってくるような話である。

 一方のニニギの方はどうか。そのニニギの降臨のいきさつを、同じ『日本書紀』の本文は次のように伝えている。
 「そこで皇祖の高皇産霊尊は格別に可愛がられて、ついにこの皇孫の天津彦彦火瓊瓊杵尊を立てて葦原中国の君主にしようと思われた。だが、その地には蛍火がかがやくように、また蠅のようにこうるさい邪神たちがいるし、また植物である草も木もことごとく霊を持ち、ものを言って人をおびやかすありさまである。」
 どうも「東方の美しい国」とはかなり様子が違う。ニニギを降臨させるよりも鬼太郎にでも行って貰った方が良いようなオドロオドロしい世界のようである。これは『書紀』の本文だけが特殊なのかというと、そういうことではない。<第六の一書>の伝える葦原中国も大同小異である。
 「葦原中国は磐の根、木の根、草の根もものを言うし、夜は火の子がとぶように喧響い(おとない:うるさく)昼は五月蠅のようにわきあがる野蛮な国である。」

 葦原中国とは物凄い所のようである。何故こんな所に可愛いニニギを降臨させようと考えたのか、タカミムスヒ神の心中は不可解であるが、まあ、この二つは降臨をクールに描いている(A)グループの伝承である。降臨を精一杯美化して描いた(B)グループの伝承であれば美しい「約束の地」として降臨の地を描いているはずである。予想ではそうなるのだが、驚いたことに、これが(B)グループ資料でも同じなのである。<第一の一書>では、 天照大神は天稚彦に次のように命じている。
 「豊葦原中国はわが御子が君主たるべき国である。しかし暴悪な邪神たちがいる様子だから、おまえがまず行って平定せよ。」
 降臨の指令神はタカミムスヒからアマテラスに役者は変わっているが、降臨すべき地のイメージは同じことである。(A)グループも(B)グループも関係無い。ニニギが降臨すべき「約束の地」とは、実は恐ろしい「邪神の国」だというのである。

 肝試しとか武者修行ならともかく、普通はこんな国へは行きたくない。(B)グループ資料では最初に降臨役に指名されるのはニニギの父のオシホミミであるが、案の定、彼は降臨に尻込みしている。
 <第一の一書>では、オシホミミは天浮橋に立ってじっと見下ろして、「あの国はまだ乱れている。なんとも不須也頗傾凶目杵(いなかぶししこめき:頑迷な)国のようだ。」と言って高天原に戻ってしまう。オシホミミから見て降臨したくなるような国ではなかったようである。そして、うまい具合にニニギが生まれたので、オシホミミは降臨役から逃げることが出来た。内心「助かった!」と思ったかもしれない。
 これは『古事記』も同じである。オシホミミは天の浮橋から下界を見て、豊葦原の水穂の国は「いたくさやぎて有りなり」(ひどく騒がしいです)と言って高天原に逃げ帰ってしまう。その結果ニニギが降臨することになるのだから、ニニギはまるで貧乏クジを引かされたような印象である。

 美しい「約束の地」であるはずの葦原中国であるが、どこから見ても魅力的な土地としては描かれていない。降臨を精一杯美化して伝えている(B)グループ資料までもが降臨すべき地をそうしたものとして描いている。「皇孫が統治すべき地」という美辞が白々しく浮いて見える。
 まあ、それも当然なのであろう。ニニギが降臨した地は実際には辺境の蛮地。正史が「膂宍の空国」と記す不毛の荒地である。元々が「皇孫の統治すべき地」と言うほどの所ではない。
 神武が目指したのは「東方の美しい国」で、ニニギが向かった先は不毛の荒地の「膂宍の空国」。ニニギの方はその目的地に元々プルの要素が何も無い。そして、それに符合するように、降臨してからの行動も神武とまるで違う。こちらの方がより重要であろう。降臨と東征の比較を続けたい。

 
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<休憩室>
ニニギ像 可愛山陵

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