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 伊都と伊勢


 北九州から伊勢へ、話の展開がやや唐突なようであるが必ずしもそうでもない。ここ伊勢は伊都との不思議な強い結びつきを感じさせる土地である。
 伊勢神宮の起源は磯宮で伊勢志摩の海人が磯部。伊勢の名は磯(イソ)に由来するとされ、元々が伊蘇(伊都)を想起させる地名であるが、どうもこれがたまたまの偶然による同音ではないらしい。
 例えば、北九州では怡土(伊都)に接して志摩が有るが、一方こちらの伊勢も志摩に接している。怡土志摩(糸島)と伊勢志摩、この対応は偶然にしては出来すぎであるし、度会郡にはそのものズバリの伊蘇郷も有る。前に見た谷川氏の表でも、勇蘇造の関連地名として、糸島郡磯崎と並んでこの度会郡伊蘇郷の名が挙げられている。

 しかもそれが地名の類似だけではない。伊都と伊勢の不思議なつながりをそのまま体現しているような鏡が有る。前に触れたが伊都国の平原古墓から出土したマンホールの蓋みたいに大きな鏡。当然ながらこんな巨大鏡はどこにでもここにでも有るという代物ではない。実際、伊都国以外でこんな物凄い鏡が有る土地はたった一ヶ所しか無い。それが伊勢で、しかもこれが大変な鏡である。

 この平原古墓の発掘報告書は、『平原弥生古墳 ー 大日靈貴の墓』と題して出版された。大日靈貴(オホヒルメムチ)は伊勢の象徴とも言うべき天照大神の古名である。「アマテラスの墓」! 考古学の報告書には異例のなんともロマン溢れる書名であるが、それというのも、周知の通り、この伊都国の古墓から出土した前出の巨大鏡が伊勢神宮の御神体のあの八咫鏡とまさにウリ二つだということらしいのである。
 八咫鏡もまたとてつもなく物凄い鏡である。『皇太神宮儀式帳』や『延喜式』にはこの鏡を収める容器の直径を一尺六寸三分(約49センチ)と記してある。大変な大きさである。ところが前出の平原古墓出土の巨大鏡の径は46.5センチで、成程、まるであつらえたように鏡と容器はピッタリ寸法が合っている。
 大きさだけではない。『伊勢二所皇太神宮御鎮座伝記』には鏡の文様として「八頭花崎八葉形也」と記されているが、(図3-1)に有るように、「八頭花崎」を内行花文(八花)、「八葉」を八葉座と見れば、出土鏡の図柄は『御鎮座伝記』の記載とピッタリ一致している。大きさも文様も、確かにこれは八咫鏡そのものである。考古学者の驚きと興奮、それが前出の書名にそのまま表れている。

 伊都国出土の巨大鏡とまさにソックリの鏡が伊勢神宮の御神体としてここ伊勢に在る。二つの鏡の類似は偶然ではとても説明がつかず、しかもこれ以外の地にはこんな物凄い鏡は知られていない。八咫鏡は元を辿れば伊都国の鏡であろうが、糸島と伊勢志摩の音の類似を考えると、鏡だけが単独で流通してここに来たのだとも思えない。いつの時点かに、この宝鏡を携えて伊勢にやって来た伊都国人の集団が有ったのであろう。

 サラッと書いてしまったが、本当にそう考えて良いなら、崇神(ニギハヤヒ)と伊都国を結ぶ線がそこに有るかもしれないということになる。というのも、八咫鏡が伊勢に来た経緯は伝説としてなら分かっている。言うまでもないことだが、伝説では八咫鏡を伊勢に運んだのは倭姫(垂仁の皇女)だったとされる。
 伊勢神宮の起源が本当に垂仁の時代にまで遡上るのか、それは検証が必要であるけれども、正史がこの神宮の縁起を一貫して崇神朝の側のエピソードとして記しているのは紛れもない事実である。それが全く根も葉も無い話なのかどうか。というのも、皇祖神を祀る神社であるにも拘らず、ここ伊勢には実は崇神やニギハヤヒの影が濃い。

 一例が伊勢神宮の神官三氏の伝える氏族伝承である。神宮大宮司家である中臣氏、内宮禰宜家の荒木田氏、外宮禰宜家の度会氏、神宮の神官三氏が三氏そろって、記紀ではなく『旧事本紀』のみに見られる神系をその祖としている。
 言うまでもなく『旧事本紀』は物部氏の立場から書かれた史書と見られ正史ではない。何故そんな書物を自己の権威の源泉としたのか、皇祖神を祭る神社の神官の家柄としてはこれはかなり奇異に映る事実である。

 例えば度会氏の祖の天牟羅雲命、この神名は記紀には見えないが、『旧事本紀』巻三<天神本紀>にニギハヤヒの降臨に従ったとされる三二神の名が有り、その中に「天牟羅雲命 度會神主等祖」の記載が有る。つまり、度会氏はニギハヤヒの家来の後裔だということらしい。
 しかもこれが度会氏だけのことではない。中臣氏の祖は記紀にも登場する天児屋根命であるが、『新撰姓氏録』に「藤原朝臣、津速魂命三世の孫天児屋根命の後也」と有り、遠祖として津速魂命の名が出てくる。記紀には見えない神名である。どういう神様なのか、荒木田氏の系図を見るとそれが分かる。
 荒木田氏の祖の天見通命は前出の天児屋根命の子孫、つまり荒木田氏と中臣氏は同祖とされるが、その荒木田氏の系図に津速魂命に至る神系が記されている。
 (図3-2)の右側がその系譜で、天御中主尊は記紀に見えるが、それ以下は記紀には登場しない神名である。記紀には無いが、しかし、『旧事本紀』にはキッチリ登場している。
 ついでながら、『豊受大神宮禰宜補任次第』に有る天牟羅雲命の系譜、(図3-2)の左側に有るように荒木田氏の系図と全く同じ神系がここにも現れる。天八下命から天八十萬魂命に至る神々、加えて津速魂命、神魂命、これらの神々は『旧事本紀』のみに見られる神名で記紀には登場しない。そして伊勢神宮の神官を務める三氏はこの神系の中で全て同祖ということになっている。

 『先代旧事本紀』、この書物に対する評価は時代により人により様々のようであるが、古来これを最も高く評価してきたのが伊勢の神道家達である。それも道理。彼等の源流は記紀ではなく『旧事本紀』の世界に在るということらしい。皇祖神を祭る神社の神官としてはかなり奇異に映るのだが、彼等は自己の権威の源泉を記紀ではなく『旧事本紀』に求めたということのようである。

 関連して頭に浮かぶのは伊雑宮のことである。志摩の磯部町は古くは伊雑郷と呼ばれた地で、ここに伊雑宮という有名な古社が有る。伊射波宮とか伊佐波宮といった表記の他に伊佐布(イサフ)宮と書かれることも有り、伊雑(イゾウ)宮とルビをふっている地名辞典も有るが、この神社自身は、かつて、本来は「イソ宮」だと主張した。実はこれは大変な主張である。
 <垂仁紀>二十五年に、倭姫命が天照大神のお教えに従って伊勢国に祠を立て、斎宮を五十鈴の川上に建てたという記事が有るが、この五十鈴川上の磯宮も、或いは『倭姫命世記』に「飯野高宮から伊蘇宮に遷った」と有る伊蘇宮も伊雑宮のことだという。もしこの主張が正しいなら、伊雑宮は伊勢神宮の元宮、大変な宮だということになる。
 伊雑の音がイソに通じる上に、現在の地名が磯部。伊雑宮と磯宮、それなりのもっともらしさは有るのだが、実際にはこの主張は認められなかった。それは伊雑宮がこの主張の根拠とした『旧事本紀大成経』という書物が信用されないからであるが、論争それ自体はここでの関心事ではない。ここで伊雑宮の主張の根拠として『旧事本紀』の一異本が登場するというのが興味惹かれるところである。この書物が偽書かどうかそれはともかく、この伊勢の地では、権威付けや正統性の主張は常に『旧事本紀』をベースにして行われている。伊勢神宮の神官の氏族伝承のことだけではないようなのである。

 ここ伊勢は、どうもニギハヤヒを信奉する人達の土地だということらしい。まあ、それも当然なのであろう。考えてみれば伊勢神宮の縁起がまさにそうしたものである。ここで登場した「五十鈴川上の磯宮」、これが伊勢神宮の起源であるが、この宮を建てた倭姫、伝承では垂仁(五十狭茅)の皇女とされる。正史は、この宮を建てたのは崇神朝ゆかりの人達だったとしている。
 それがそのまま史実であるかどうかはともかく、前に見た伊勢神宮の神官三氏の伝える氏族伝承。そして、実際にも、『旧事本紀』という書物を古来最も高く評価してきたのが彼等であるという事実。そうしたことが、この宮を建てたのは崇神朝ゆかりの人達だったとする正史の記載とピッタリ符合しているようにも見えるということである。いずれにしろ、ここ伊勢には崇神やニギハヤヒの影が濃い。

 その彼等がお祭りしていた八咫鏡が元を辿ればどうも伊都国の鏡らしい。しかも、鏡だけが単独で流通してここに来たのだとも思えなかった。糸島と伊勢志摩の音の類似も有るが、それだけではない。
 イ(イソ)の音には色々な字が充てられるが、伊勢志摩の海人の磯部は他に石部とか礒部と書かれることも有りニギハヤヒの別名に有る礒の字がここに現れるし、度会郡には伊蘇郷が有り五十鈴川も流れている。ここ伊勢には、伊都国の「伊蘇」と崇神の「五十」とニギハヤヒの「礒」が全員集合である。ここは実は「イソの国」だということらしい。伊雑宮と磯宮、二つのイソ宮もイソの国ならではの論争である。

 鏡だけが単独で流通して来たのでは、まさかこんなことにはなりそうにない。やはり、伊都国ゆかりの集団がここに来たということなのではないか。三段論法的には崇神(ニギハヤヒ)と伊都国はつながる可能性が有りそうだという印象である。伊勢についてもう少し続けたい。

 (注1)森浩一『日本神話の考古学』朝日新聞社 より引用

 
  ー 目 次 ー  
 
 
(図3-1)
平原古墓出土の巨大鏡        (注1)
































(図3-2)
伊勢神宮神官の系譜

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